大峰山系「前鬼」静かな古道の危険な階段!



<「聖地」を踏みしめる歓びを奪う整備道 >

 この写真は一体何処だと思われますか?

 大峯の主稜線(奥駈道)へのアプローチ、前鬼から太古の辻までに取り付けられた木製階段の写真です。
このルートをご存知の方がご覧になったら、さぞ落胆されることでしょう。登った経験の無い方でも、大
峯の姿に残念な思いを持たれるのではないでしょうか。

 先掲の「修験道と登山を冒涜する奥駈道整備」にもありますように、環境省は奥駈道へのアプローチの
整備はしても本道は手を入れていない・・という返答だったようですが、この整備を見て、本道さえ手を
加えなければいい・と言えるでしょうか。

 私はこの階段が取り付けられた意味が理解できず、悲しみとも怒りとも分からない感情と落胆を感じて
います。個人的な話で恐縮ですが、釈迦ヶ岳は私の心を捉えて離さない山です。最近は十津川村の旭口か
らの楽なコースが人気のようですが、弥山、八経ヶ岳から縦走路の先に見えていた釈迦ヶ岳への最後の急
登を登りきり、釈迦像に迎えられた時の感動は勿論のこと、前鬼からのコースも登り甲斐のある大峯らし
いコースといえるでしょう。
 稜線に出るまでの深い森の中の辛い坂を登りきり、太古の辻手前のブッシュを過ぎ、笹道に出て、稜線
とその向こうに空が見えた時は、何ともいえない喜びを感じます。その後、心地よい稜線を歩き、いよい
よ目前に迫る釈迦頂上を目指そうという時、深仙の宿でここでしか味わえない絶景・大峯の奇岩、深い谷
や森を見ながら誰もが英気を養うでしょう。そして、もうひと頑張りすると、釈迦像が迎えてくれます。
そして、累々と続く吉野熊野の山々を目にした時、人と自然の関わりを心の底から感じとれるのでした。

 今年3月末、10年振りくらいでまだ雪の残る釈迦ヶ岳に前鬼から登りました。聖天の森の上部の、以前
急斜面に架かっていた梯子や丸太を並べた控えめな階段は、老朽化のためでしょうか、弥山に取り付けら
れているものと同じ木製階段が、まるで遊歩道のように延びているのを見て愕然としました。その時、両
童子岩の下辺りまでだった階段が、更に太古の辻近くまで延びるとは、夢にも思っていませんでしたので、
9月の再訪はショッキングなものでした。一瞬我目を疑い立ち尽くしました。「唖然」という言葉は、こ
ういう時に使うのだと思います。言葉に出来ない感情です。登れど登れど続く階段に、「大峯に申し訳な
い・・」と辛く悲しい感情を抑えることが出来なくなっていました。

 登山者に登山そのものを辞めたくさせるような、登山道の整備とは一体何でしょうか?
私に再びあの階段を登る気力を与えてくれるのは、山の力なのか、人の力なのか、もう二度と登ることは
無いのか・・今はわかりません。
                                 2004年9月25日  河内由美子


< 訪問者を危険に晒しかねない世界遺産「大峰」の登山道整備 >

 大峰主稜線へのアプローチに設置されたこの木製階段は、「過剰整備」というより「間違った整備」で
す。単に過剰なだけであれば、安全性の確保という理由付けが出来なくもありませんが(個人的にはその
ような説明も受け入れられませんが)、この整備階段は写真で見る限り、安全どころか極めて危険です。

 ある程度登山経験のある人なら誰もが実感していることでしょうが、急な下りでの階段の連続は非常に
疲れます。一段一段降りる度に膝に応えますし、さらに写真のような梯子状の階段ですと、バランスを取
るのにもそれなりに神経を使います。階段の横に踏跡でもあれば、登山者は自然とそちらを選ぶのではな
いでしょうか? その方が歩き易いことを、身体が知っているのです。

 登山中の事故は、登りより下りで起きやすいと言われています。
 運動生理学的にも、階段の下りは自然な土の斜面を下るよりも膝関節への衝撃、負担が大きいことが判
っており、長い急な階段を降り続けることで生じる下肢への疲労の蓄積と神経の消耗が、下山時の転落事
故の誘因となりうることは容易に想像出来ます。

 弥山方面からの奥駈の場合、このルートから前鬼へ下るのが一般的です。地形図で調べてみますと、太
古ノ辻から前鬼宿坊まで標高差約700m、直線距離にして約2kmです。そして最新の現地調査報告では、
この大峰屈指の急勾配を木製階段が稜線近くまで延々と続いているとの事です。
 奥駈で消耗し切った身体でこの長い階段を下れというのは、転落事故に遭えというようなものです。
また木ですから、濡れたり苔が生えるとさらに滑りやすく、危険な事この上ありません。木に滑り止めの
浅い溝を刻んだ位では、濡れると実際にはあまり効果がないことは、登山経験のある人なら誰もが実感し
ていることです。

 あの木製階段を下りる際の危険は、「大峰奥駈道」を辿ってきた人のみに降りかかるものではなく、マ
イカー登山で前鬼から釈迦ヶ岳を往復する人も例外ではありません。ツアーで下山する人達が連鎖的に転
落、という最悪のケースも十分に想定されます。

 大台ヶ原では、登山者が歩くことで自然に出来た横の踏み跡を「植生破壊」だとして、登山者を拘束す
るために空中回廊と呼ばれる長い木道を設置しましたが、足の運びやすい場所を臨機応変に選んでいくと
いう人間の自然な感覚を無視した愚行と言えます。最近環境省は撤去も検討すると言いだしました。

 世界遺産の「聖地」で転落事故の不幸が起きる前に、元の自然の道への復元を大至急検討すべきだと思
います。
                            2004年9月26日   T.Kazushino(医師)